徒然に思いついたことを・・・
by f-liberal
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カテゴリ:法( 14 )
裁判は茶番でいいはずがない
裁判は茶番でいいはずがない

http://www.miyazakimanabu.com/judicial/000170.php

 宮崎学御大の言に全く賛同するものである。
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by f-liberal | 2006-03-15 14:23 |
定住外国人の参政権
非国民さんのエントリーに「外国人参政権のこと」が書かれていたので、それに触発されて俺の頭を現時点で若干整理するためにまとめてみた。非国民さんのエントリーの内容と当該エントリーのそれとは直接の関係はない。


【国会(立法化の動き)】

 この案件については、確か、公明党が自民党との連立を組んだ頃から盛んに働きかけをしていると思う。但し、自民党内の反対が根強く未だ立法化されていない。

【憲法上の論点】

 (1)外国人の参政権が憲法上保障されているのか、(2)また、保障されていないとしても法律で参政権を与えることは憲法上禁止されているのか、という論点が存在する。

(1)について
 通説は憲法上保障されていないとする。

(2)について
 主な学説は、ア)国政レベル・地方レベル共に法律によって参政権を与えることは憲法上禁止されるというものと、イ)国政レベルでは禁止されるが、地方レベルにおいては禁止されていないというものがある。

《判例》
 最判1995(平成7)・2・28は次のような要旨によって、永住者等の外国人について地方参政権を法律で付与することは憲法上禁止されていないとする。
 
「我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であって、その居住する区域の地方公共団体と特段に密接な関係を持つに至ったと認められるものについて~法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではない。」


《私見》
 必ずしも十分な考察をしてはいないが、憲法解釈は、通説・判例の立場に立つ。すなわち、憲法上の人権として保障されてまではいないが、地方参政権を法律を以て定住外国人に付与することは可能である。

【社会的背景と事実に基づく考察】

 外国人参政権の案件は、ふらっと日本に旅行にやってきた短期滞在者を想定したことではない。日本への定住・永住者、特にいわゆる「在日」の人々を想定した問題だろう。

 例え、日本国籍を有していない者であっても日本社会又は地方公共団体の成員として日本国籍保有者と同様な生活実態がある者についてはできるだけ日本国籍保有者と同等の扱いをすべきだろう。形式的には外国籍でありながらも生活の本拠は日本にあり、そこで働き税金を納めている定住外国人が何らの参政権をも持たないことは「代表なくして課税無し」の陳腐なしかし近代市民革命の志の一つを表現したスローガンにも反する。

 自分が居住する地方公共団体の公共的事務の影響は国籍保有の有無に関わり無く、そこに暮らす地域住民に影響をもたらすのであるから、少なくとも地方公共団体の首長や議員の選挙権は定住外国人にも認めるべきだろう。
 
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by f-liberal | 2004-11-23 14:50 |
悪法も法なり??

 「悪法も法なり」と言ったのは、ソクラテスでしたっけ?まあ、逸話でしょうから、本当にそう言ったのかどうかは判りませんが。


 「悪法も法なり」との言は、どんなにひどい法であっても法である以上はそれに従わなければならないとの趣旨でしょうかね?そして、ソクラテスは毒杯をあおって刑死したと・・・。

 大哲学者ソクラテス先生がおっしゃられるのであれば、「その通りでございます。」とつい思ってしまいがちですな。確かに、ソクラテス先生の活躍した時代においては、それは真(まこと)であったのでしょう。ですから、ソクラテス先生は間違ったことをおっしゃった訳ではありません。

 しかし、近代以降の社会においてはどうでしょうか。

 市民革命以後、個人の尊厳を中心的な価値とした人権保障の体系が発展し、人権保障の基礎法としての憲法(近代的意味の憲法)が制定されています。社会の最高法規たる憲法に定められた人権保障をないがしろにするような法律すなわち悪法は憲法の名において排除されねばなりません。憲法が法体系の中で最高位に存在し(最高法規性)、憲法に抵触する法律を違憲立法審査権によって無効とすることができるのも個人の尊厳・自由を最高の価値として、それを守るためです。

 とすれば、現代においては、「悪法も法なり」とのソクラテス先生の言は妥当しないでしょう。妥当しないというよりも寧ろ我々は、我々の自由の砦である憲法を以て不断の努力によって悪法を排除していかねばなりません。
 
 もっとも、悪法排除は国会(国会議員)の立法権や裁判所(司法官僚)の司法権・違憲立法審査権の行使を待っていては実現できないでしょう。我々の自由獲得への不断の努力と権力への懐疑と監視とが絶対不可欠です。

 歴史がそれを証明しているでしょう。
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by f-liberal | 2004-10-26 20:06 |
憲法全文を読む
 過日、久しぶりに、上諭と前文とを含む日本国憲法の全文を通読した。

 上諭→前文→本条(第1章から第11章まで)。


 何か時宜の話題と関連する条項について、暇な時に私見や徒然に思うところを書きたいとは思っている。思うだけで終わる可能性もあるが。

 取り敢えず、憲法の公布日と施行日は下記の通り。

 公布 1946年11月3日
 施行 1947年5月3日

 5月3日は黄金週間中であるが、憲法記念日。
 11月3日は文化の日であるが、これは多分、憲法の公布日にちなんだものだと思う。間違ってたら指摘してね。

 国民の祝日に関する法律にはこう書いてある。

 憲法記念日 
   日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する。

 文化の日
   自由と平和を愛し、文化をすすめる。

 祝日通りの国になってますかね?  
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by f-liberal | 2004-10-19 06:53 |
制度改変に見る貧乏人の悲哀とその影響
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041008-00000416-yom-soci

 弁護士・裁判官・検察官への登用門としての司法試験がある。法科大学院ができ、司法試験制度も改変されることとなる。それに関連するのであろうが、司法修習生への給費制が廃止される見込みとなったようだ。

 司法試験に合格しても直ぐに弁護士などになって働けるのではない。その前段階として司法修習というものを受けなくてはならない。俺が知っている限りでは、数年前までは2年間の修習が必要であり、現在は1年半の修習となっているようだ。

 この間、司法修習生はいわば生活給を国から支給されていた。修習に拘束されているために自ら生活費を稼ぐことができないなどがその理由だろう。

 ところが、2006年度からそれが廃止され貸与制に改変されるという。一見すると「しょうがないんじゃないの。財政も厳しいし。」などと見過ごしてしまいがちだが、ことはそう簡単ではない。

 建前上、市民の人権・権利擁護に寄与すべき職責を負っている法曹関係者には社会の機微を理解した多様な人材が登用されることが望ましいと思うが、法曹養成課程の改変によって益々それが絵に描いた餅になるのではないかという危惧がある。

 従来は、曲がりなりにも一定の要件を具備すれば誰でも司法試験を受験し法曹を目指すことが可能であった。どんな貧乏人であろうとも少なくとも受験手数料を納められれば受験は可能だったのだ。

 ところが、制度改変によって新司法試験受験のためには法科大学院を卒業しなければならなくなった。法科大学院がただで行ければいいが勿論そんなことはない。年間授業料数百万円、下宿生は更に生活費が必要だ。その他にも授業に必要な書籍その他もろもろの費用を考慮すれば、卒業までに要する費用は百万円の単位を超えてしまうこともあるのではないか。

 そうなると、その費用を捻出できない者はたとえどんなに能力があろうと志があろうと法曹への道は閉ざされてしまう。また、社会人として働きながら法曹を目指すことは不可能だ。俺の友人で30歳を過ぎてから会社を辞め一念発起して弁護士になった者がいるが、法科大学院へ行かなくてはならないということであったら、とてもその費用を捻出することができず断念していたであろう。

 以上のように、司法試験に合格する前段階ですら相当の費用が掛かるにも関わらず、司法修習期間中の生活費相当の給付が貸与制になったらどうなるか。

 裁判官や検察官のように税金から給与を支払われる連中は安心して仕事ができるわ。しかし、自分で生活給を稼がなければならない弁護士は、仕事の緒に就いた時点で既に借金をしている訳であり、それを返すためには勢い「儲かる仕事」を優先せざるを得ないだろう。

 結局、新司法試験移行によってもたらされる危惧は以下の通りだ。

法科大学院へ行けない貧乏人は法曹にはなれない。→結果、富裕層の家庭環境にある者が法曹の圧倒的多数となる。→法曹そのものが富裕層階級を代表するものとなる。→人権擁護など社会的弱者救済に助力したいと思う少数法曹も自らが富裕層出身でない限り、法曹になるために投下した資本の回収や借金の返済のために、それらの儲からない仕事を思うように受任することは困難となる。

 仮に上記のような事態が進行するとすれば、結局とばっちりを受けるのは一般市民だ。大企業や権力との紛争を抱える市民の意に理解を示し本当に闘ってくれる弁護士は非常に少なくなり、貧乏人が個人の人格の尊厳を守り抜くことは非常に難しくなるだろう。

 このような事態が社会のあちこちで進行しており、一見、自分には全く無関係に見えて実は深刻な事態を惹起する可能性のあることを見失ってはならない。

 俺は富裕層だから心配無用という脳天気野郎も、一生そうである保障はどこにもない。
        
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by f-liberal | 2004-10-14 03:05 |
憲法学習の端緒-こんなんどうでしょう?-
法学館憲法研究所

 「中高生のための憲法教室」というコーナーもあります。ちらっと見ましたが、中高生でなくても勉強になるんじゃないかなあ。


 日本では、法学教育が疎かにされていて、国の最高法規である憲法のことすらまともに知らない人が多いんじゃあないでしょうか?

 せいぜい、受験対策用に、憲法の基本理念(三大原則)を丸暗記させられただけとか。

 関心のある方は、是非ご覧下さい。関心の無い方は、暇を持て余している時にご覧下さい。
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by f-liberal | 2004-10-03 19:48 |
殺害認める上申書採用を却下
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20040917k0000e040063000c.html

 日本の刑事裁判は形骸化し腐敗している・・・それが俺の認識であり、また刑事裁判の実態を知る者にとって常識だろう。


 しかし、たま~~に適正手続きに則ったまともな裁判を行う裁判官がいる。上記もその一例か。

 刑事事件においては、実質的に有罪・無罪を決しているのは検察官であると言っても過言ではない。脅迫的な取り調べ、違法収集証拠なんのその、裁判官は警察・検察が収集した証拠は鵜呑みにしがち。

 この裁判官がどういった人か知らないが、この人自身がまともなのか、あるいは当局が収集した証拠の違法があまりにも明白・杜撰で、どう考えても証拠排除しなければならなかったのかは判らない。

 まあ、検察の起訴した通りに有罪判決を書いていれば無難な裁判官は「ありえねえだろう・・・。」というものまで平気で証拠採用しがちだから、敢えて排除したというのはまあ裁判官自身も相応にまともだし、検察の提出した証拠があまりにもひどかったという両要素かな。

 一般人の感覚でまともな判断する裁判官は左遷されたりするのが現実だからね。だから、心には多少の良心があっても自分の明日の生活や立場を考えると最高裁の意向には逆らえず、定年退官間近になると、非常にまともな判決を下す裁判官がいるんだよな。

 最後ぐらい裁判官の良心に従った判決を書かせろということだろうが。それ以前に、濡れ衣をひっかぶらされた人達はたまったものではない。

 それが、日本の裁判の現実。
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by f-liberal | 2004-09-18 01:38 |
死刑囚2名に死刑執行
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040914-00000005-yom-soci


【追記】

 今回の2名の死刑執行のうち、宅間守死刑囚に対する執行は異例の早さであることがメディアで取り上げられている。その背景には権力当局の思惑その他があると思うが、その考察は別の機会として、死刑の実態がひた隠しにされている現状の下で、死刑に関する資料を提供しているサイトを紹介しておく。

http://homepage2.nifty.com/shihai/index.html

http://www.jca.apc.org/stop-shikei/
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by f-liberal | 2004-09-17 21:28 |
法の下の平等と皇位継承(2)
 皇室典範 第1条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。

 「法の下の平等」を定める憲法14条は、「性別」による差別を具体的列挙し、それを禁じている。そうすると、上記の条文はいかにも憲法14条違反であるとも思える。なぜなら、「男子」のみに皇位継承資格を与え「女子」にはそれを与えておらず、「性別」による差別に当たるからだ。

 更に、当該条文は、皇位継承資格として「男子」とのみ定めている訳ではない。「皇統に属する男系の」という制限が付されている。つまり、天皇の血統(血筋)の流れを汲む男性皇族の下に生まれた男子しか皇位継承を認められていないのである。例え、皇族の血筋を受け継ぐ男子であったとしても母親が皇族であって父親はそうでないという場合には、皇位継承資格はない。なるほど、皇室典範は徹底した男子優先主義を採用している訳だ。これは確かに女性差別だろう。

 しかしちょっと待て。

 男性である諸君、あなたもまた天皇にはなれないのである。前述した通り、「皇統に属する」「男子」であっても「男系」でなくては天皇になる資格がないのであるから、その他大勢の男性諸君も当然、天皇になる資格はない。

 とすると、皇室典範は、女性のみならず男性をも差別していることになる。つまり、天皇という地位自体が一般国民を差別することによって成立しているということだ。天皇になるための機会均等など存在しないのであるから。

 言うまでもなく天皇制は憲法第1章に規定された制度であるが、前述の通り、一般国民を差別することによって成立しているこの制度と憲法14条の「法の下の平等」とは相容れない矛盾した性格のものと言わざるを得ない。日本国憲法は、戦争放棄・厚い刑事人権保障規定など大局的に見れば大変良くできた最高法規であると思うが、天皇制については憲法自らが差別的制度・規定を抱え込む結果となっている。

 以上から考察にするに、憲法14条のみを取り出して皇室典範1条は「女性差別」だから違憲だなどと主張するのは不十分である。「男性」ですら差別されているのだから。じゃあ、皇室典範1条は合憲なのか違憲なのかということだが、私個人としてはそんな些末なことはどうでもいい。敢えて又は無理に、憲法と皇室典範の整合的解釈を施そうとすれば、私は皇室典範は合憲であると解する。なぜなら、憲法自体が天皇という特殊な地位・制度を規定し、憲法14条と矛盾対立しながらも憲法14条の極めて例外として天皇という地位・制度を残存させているのだから、その天皇条項に関する具体化立法である皇室典範に皇位継承資格上の差別規定があったとしても天皇条項自体が14条の極めて例外的な差別規定なのだから、皇位継承資格上の差別もまた14条の例外(射程外)と解するべきだろう。

 昨今は、「お世継ぎ」(←江戸時代か?)が生まれないというので何とか天皇制を存続するというご都合主義によって「女性天皇」誕生を容認するために皇室典範を改正せよなどと言われているが、本質を捉えれば、現代において国の最高法規に天皇を規定する必要があるのか、天皇制を存続する必要があるのかという議論こそなされてしかるべきだろう。戦前・戦中から一貫して天皇を政治利用しようとする連中がいるのも、明治憲法以後、天皇が最高法規に組み込まれたからだ。天皇を文化財として残そうという議論には一考の余地がないとまでは言わないが、現行憲法上の内在的な矛盾であることは確かだろう。

 「皇室典範」違憲→「女性天皇認めろ」というご都合主義の単純化された些末な話はうんざりだ。
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by f-liberal | 2004-06-16 21:16 |
法の下の平等と皇位継承(1)
 朝のテレビに出ている福岡政行(こういう漢字だったかなあ?政治学者?)が、「皇室典範は憲法違反なんだから女性天皇ができるように改正すべき」といった趣旨のことを言っていた。単純に考えると「性別による差別」にあたり憲法14条違反とも思えるが、実は事はそう単純ではない。単純なのは俺は大嫌いな恥知らず福岡政行なのだが、どう単純ではないかは、暇なときに論じる。
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by f-liberal | 2004-06-15 22:59 |