徒然に思いついたことを・・・
by f-liberal
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カテゴリ:本( 15 )
こんな本読んでます
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『楽しみながらのラーニング』
-自分にふさわしいライフスタイルを実現する4つのコース-

 藤田悦史 著  東京図書出版会 発行 星雲社 発売
 2003年6月12日 初版発行

 先般、知人の前著を本人から頂戴した。現在、読書中である。知人が書いたものであることからする身びいきを割り引いたとしても大変興味深い内容の本である。
 経営コンサルタントを業としている著者であるが、一般の人々が抱く経営コンサルタントのイメージとは異なる主張・視点が盛り沢山で読んでいて楽しい。
 読了すれば、読後感も書かねばと思ってはいるが。
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by f-liberal | 2004-12-15 22:16 |
ある「超特Q」障害者の記録-村田実遺稿集-
奥付
 1999年9月1日 初版第1刷
 著者  村田実
 編集者 村田実遺稿集編集委員会
 発行所 (株)千書房
 定価  1800円+税

kamakazuさんのエントリーで紹介されていた上記の本を図書館で取り寄せて貰って読了した。

 著者が生前に遺した文章から幾つかを抽出して編纂されている。著者の生い立ちの紹介から始まり、障害者の権利獲得闘争・就学要求のこと、タブー視されてきた障害者の性の問題、そして「活動家」を退いて「普通のおじさん」として地域で自立した生活を求めた晩年の事などが綴られている。

 俺は学生時代から冤罪事件にたいへん関心があるが、著者は狭山事件や島田事件などの冤罪事件への支援も行っていたようだ。前述の冤罪事件は、犯人に仕立て上げられた冤罪者が被差別部落出身であったり、知的障害のある人であった。障害者と同様、社会的な偏見・差別に苦しめられていたという共通した背景を著者が認識しての活動だと思う。

 是非、読んでみて下さい。
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by f-liberal | 2004-11-09 17:37 |
性同一性障害 30人のカミングアウト
 標記の本を図書館から借りて来た。本来だったら購入して売上に貢献したいところだが、あれもこれもとなると財布の中身が寂しくなってしまうので、まあ勘弁して頂戴。

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 奥付の一部を簡略紹介。

 2004年7月30日 第一刷発行
 発行所 株式会社 双葉社
 監修  針間克己
 編著  相馬佐江子

 この本の存在は、性同一性障害を告白(カミングアウト)している知人のHPで知った。

 性同一性障害は、埼玉医科大学がその医療行為を始めたことや「金八先生」で上戸彩がその生徒役を演じたことなどにより近年だいぶ認知されてきたのではないだろうか。

 一人当たり8ページ程の割り当てがあるようで、その限られた範囲で、セクシャルマイノリティーとしてこれまで大変な苦労や苦痛を味わってきた経験が吐露されている。医学上の診断名は世に知られてきたとは言え、まだまだ世間の偏見があったり、性同一性障害に対する正確な理解が世でなされている状態からは程遠いようだ。

 いわゆる世間というものは、それを構成する多数者の共通項を抽出して「標準」「常識」なるものを作出しがちである。そして、それが全ての人々に適用されている又は、適用されるべきものであると鈍感にも思いがちである。
 しかしながら、それに当てはまらない少数者というのも必ずと言っていい程存在するのではないか。

 この本で個人史などを吐露している人達はセクシャルマイノリティーの人々であるが、彼女・彼らが表白する経験・苦しみは、他のマイノリティーの人々にも共通するものであると思う。

 たまたま自分のある属性がマジョリティーに属していたとしても何から何まで全ての属性がマジョリティーに属しているとも限らない。マジョリティーであることに慣れすぎてあるいは毒されて、その陰で息苦しさを覚えているマイノリティーの人々の存在に鈍感であることは戒めたい。

 まだ、全てを読了していないが、全く知らなかった略語が出てきた。

 「SRS」

 興味のある人は自分で調べて下さい。
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by f-liberal | 2004-10-21 17:43 |
知人の著書紹介(2)-読後感-
知人の書籍紹介(1)

 この本を一読した。著者の言わんとするところは、まさにタイトルの通り、自然と生き物に触れて見えない世界とのコンタクトを取ることが、人の暮らしに安らぎと生きがいとをもたらすということだろう。

 著者は、人間の頭脳こそが人間をして他のあらゆる生物に優越させる所以であると言う従来から疑われることのない言説に疑いを示し、あらゆる生き物が共有する一本の大きな生命力の知恵こそが実は人間の頭脳よりも勝っているのであると主張する。なぜなら、人間の頭脳は地球史全体から俯瞰すればほんの僅かな人類史の中で発達してきたものに過ぎないものであるのに対して、生命力の知恵は30数億年の生物進化の過程を経て発達してきたものであり、人類もそしてその頭脳も生命力の知恵を生みの親として誕生したに過ぎないものであるからだ。

 にもかかわらず、人間の頭脳は暴走を始め、自らを作り出した生命力の知恵から切り離されたかのような振る舞いをしているという。それが、自分だけが金を儲け、権力を手に入れて成功しようという利己的な考えを生み出し、現在の拝金主義を生み、そして人間に孤独感・ストレスを与え、ついには病気に至らしめているという。

 全く同感である。

 そして、安らぎのある生活を獲得するためには、ある程度の金は必要であるが、自然や生き物と触れ合い、芸術に親しみ、そして身近な生活空間に癒しのインテリアアートを取り入れることなどを通して、見えない世界とのコンタクトを取ることが必要であると筆者は説く。

 また、長年経営コンサルタントして活動してきた経験から筆者は次のように断言する。

 「億単位のお金を相続した二世経営者などに、人は憧れるかも知れませんが、尊敬できる人間はほとんどいないのが現実です。わたしが経営コンサルタントとして見てきた世界は、億単位のお金を相続した多くの二世経営者は、お金と権力、そして傲慢さが破滅の原因となっていった、人生を狂わした人間達の世界です。」

 そして、憧れと尊敬とは違うものであり、それを混同してはいけない、いくら金があろうとも尊敬される会社・人間でなければ社会に良い影響を与えることはできないと指摘されている。

 これまで多くの会社や経営者と接してきたであろう筆者の言だけに大変重みがあると思う。結局のところ、人間の欲望には切りがないことを自覚し、筆者の言う通り、見える世界だけに囚われず、自然・生き物・芸術に触れ見えない世界とのコンタクトを取ることが何よりも重要だということだ。人の本当の意味での安らぎ・幸福とはそうしたことを通じてしか実は手に入れられないものであると考えるからだ。
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by f-liberal | 2004-10-12 22:32 |
知人の書籍紹介(1)
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 『自然と生き物に触れて 見えない世界とのコンタクト』
  藤田悦史著  東京図書出版会 1100円+税
 
 ある研究会でご一緒させて頂いている知人がこの10月に本を出版する。初版の発行年月日は2004年10月16日。

 今日、事前にその本を郵送で頂戴した。帯には以下の文言が。

 「人間の脳に潜む危険を検証し現代のストレスからの脱却。」

 「読み終えたとき、あなたにやすらぎの環境が実現」

 今月中にじっくり拝読して読後感を書こうと思う。
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by f-liberal | 2004-10-05 21:24 |
古に学ぶ
 近頃は、諸般の事情から古書を入手して読むことがある。今から数十年前に書かれた本の内容が未だ色褪せずに異彩を放っていることに気づいたりもする。もっとも、それはその本が書かれた当時の日本社会の状況と今日のそれとがあまり代わり映えしない、つまり改善・成長していないか又は悪化していることの証左なのであるが。

 
そんなことを思いつつ漸く読了した絶版書の中から気に留めた記述を紹介する。

 以下の文章は、『刑事訴訟法史』(沢登佳人・沢登俊雄著、風媒社刊、1968年第1刷発行)から引用。(注)一部の漢数字は便宜上算用数字に変換。




ロシヤのごとく資本主義がもっと未成熟でしたがって農業機構もずっと封建的なところならばそれは直ちに社会主義革命につながるが、すでに相当高度に資本主義が発達し大地主制の商品経済への適合度も大きかったドイツでは、国家社会の階級構造の中における資本家階級の相対的力も大きい上に大地主階級との階級的連帯も強いから、労働者・農民・社会主義政党が革命の主導権を独占することはできず、かくて両者の妥協の上に新国家体制が築かれることになる。ワイマール体制がそれで、多数派社会主義政党がブルジョアと手を組んで極左を抑え、資本主義経済機構を基盤とする近代民主主義国家社会体制に労働者階級の権利・自由・経済的利益の保障・確保の要求をも織り込んだ、中途半端でかつ当時のドイツ資本主義の現実の力やドイツ国家社会の現実の階級構造から言えば実現可能性の極めて薄い、一種の机上のプラン的体制であった。ゆえに、1923年から29年にかけての小康期を経て1929年から33年にわたる世界恐慌の訪れにより、せっかく再建しかかったドイツ資本主義が再度絶望的な苦境に追いこまれるや、もはやこの中途半端な体制にはこれを克服する能力なきことが明瞭となり、ドイツ人は社会主義か、それとも資本主義建てなおしのための(近代民主主義や法治主義の枠内では不可能な)強権的体制変革かの、決定的選択を迫られることになる。そして労働者階級・社会主義勢力の相対的弱体性のゆえに、前の道はとられず、結局第二の危険な道すなわちヒトラーの道が選ばれたのである。ヒトラーはドイツの苦境を資本主義の責めに帰さず、連合国が敗戦国に課したヴェルサーィユ体制の責めに帰し帝国主義的巻き返しによるドイツ資本主義の再建・強化を主張し、そのような力の政策は国家社会の総力を結集せねばならず、そのような結集は個人の自由を基調とする近代民主主義・法治主義体制の下では不可能であるとして、全権を一人の独裁者の手にゆだねる全体主義国家体制を要求した。そして社会主義への道を拒むドイツの資本家たちは、自分たちの救われる唯一の道と考えて進んでヒトラーに協力したのである。そして一般民衆も、社会主義への道が塞がれている以上、これがドイツの進むべき一本道と考えてヒトラーにすべてを託した。全体主義の悪夢の去った今日、あれはヒトラーの狂気の産物だとか、ドイツ人の民族性によるのだとか、いろいろ言われるが、以上のごとくそれは正に歴史的必然の産物である。要するに、資本主義が苦境に陥りしかも社会主義革命が成功する程には相対的に資本主義の力が弱くないところでは、いつでもどこでも資本家は近代民主主義・法治主義をかなぐり捨てて独裁者と手を握るのである。ヒトラーの強烈な個性はただその必然を派手にどぎつく演出してみせたにすぎない。


★この部分は、ドイツの社会史的経緯に触れた部分である。歴史的事実と著者の歴史観が披露されている。ここで注目すべきは、末尾の赤字の部分。「ヒトラー」を「小泉」にでも置き換えれば、財界が武器輸出の緩和まで求め始めた現代日本の状況にも符合するのではないだろうか。★




会議は討議と批判の自由があるだけで民主的であるのではない。決定に対してすべての成員が平等に影響力を持ちうることによって民主的なのである。


★民主制の本質は個人の人格的価値の平等を承認すること。そのことからすれば、上記のことは自明の理のはず。しかし、現実社会はその理念とは大きくかけ離れている。選挙の際にいつも問われる「投票価値の不平等(一票の格差)」。この問題は、正に上記に反した現行選挙制度を根源としている。我々の人格的平等は我々が意識せざるところでないがしろにされているのだ。★




いったい人は専門家というものを高く買いかぶりすぎる傾向がある。なるほど僕が聖目に風鈴をつけても呉清源や林海峯に碁で勝つわけにはゆかないし、百万年考えても中間子理論はおろか三平方の定理だって発見できっこない。地球は太陽のまわりを廻っているそうだが、何故そうなのか天文学者に聞かないかぎり納得のゆく説明ができるものですか。けれども彼らが僕と隔段に違うのは技術の面においてなのだ。裁判の専門家たる裁判官は裁判技術の点ではたしかに僕より数等優れていよう。だから陪審制度が採用された暁には、裁判官諸公よ、その有能な技術をもって、陪審員の判断を誤らしめないため、訴訟指揮には万全を期し、説示はことに綿密周到、懇切丁寧を旨とせられたい。けれども責任感が強いか弱いか、悪意によって評決の公正が歪められるか否か、人間として優良か劣等か、感情に動かされるか否か、利に動かされ易いかどうかなど、技術よりもむしろ人となりが問題であるような場面では、専門家と素人、裁判官と陪審員との間にどの程度の差異があるか私は疑う。六法全書の研究は決して人の品性を向上させはしない(「むしろ下落させることはあっても」と付け加えたいのは山々だが、大学法科の教科書たらんことを期している本書にとって、学生の向学心に悪影響を及ぼすおそれのあるこの言葉はふさわしくないので割愛する。)。


★日本でも5年後には「裁判員制度」が始まる。刑事司法の根本改革を行う中での「陪審制復活・導入」とはならなかった「裁判員制度」。それ故に、色々と問題を抱えての船出(腐敗した現行制度よりも更に冤罪を量産するのではないかとの危惧あり)となるだろうが、始めるからには市民の自由・権利の砦としての機能を営むように育てていかなくてはならない。上記の言は、裁判員に選ばれた者の心構えに相応しい。裁判官と我々とは人として対等に合議する資質を有している。何を遠慮する必要があろうか。★





現行法は被疑者や被告人の保護を厚くしすぎて、犯罪鎮圧の効果があがらぬという議論は、一寸聞くともっともらしいが、これ程空々しい嘘もないものだ。かような意見は、時の権力者にとって好ましからぬ思想や行動を鎮圧することがすなわち犯罪の鎮圧であるとするならば、正にその通りであるが、政治的思想的色彩のない通常の、しかして国民の安寧幸福と社会の健全な秩序風俗にとって真に危険な犯罪を鎮圧する場合についていえば、真赤ないつわりという外はない。くり返していうが、読者よ、だまされてはならぬ。真に国民の敵である犯罪は、被疑者や被告人の保護を厚くすればする程より効果的に鎮圧できる。
 刑事手続の歴史がこれを証明している。


★益々騙される日本人が増えているのではないか。メディアによる事件報道の煽りや被害者感情を利用した権力当局の策動によって。日本人の殺人率は低下しているというのに。★
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by f-liberal | 2004-10-03 20:00 |
『裁判官はなぜ誤るのか』
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秋山賢三著 岩波新書 700円+税 2002年10月18日第一刷発行
 
 今年の2月に同書を購入。途中まで読んだが、一時忙しくなりそのまま中断。その内、最初から読み直そうと思っている。

 著者は、元裁判官で現在弁護士。裁判官時代に、著名な冤罪事件の再審請求を認める決定を出す。現在、袴田事件弁護団の一員。

 帯には以下の文言あり。

 「有罪率99.9%の陰に潜む  冤罪・誤判をなくすために」

 テストがてら、同書の写真を添付。
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by f-liberal | 2004-09-30 18:47 |
売り切れご免かい
 「日本の古本屋」という古書店が集まったページがある。


 地元には専門書を扱ったような大きな規模の古書店はないので、結構重宝して利用している。購入時には、送料を別途支払わなければならないが、当該店に出向かなくてもいいし、自分の目で店の書棚を探して回らなくてもいいので、収集している特定の古書検索・購入には欠かせない。

 ほぼ毎日1回は検索をかけていて、昨夜も同様だった。そうしたところ、なかなか古書市場に出回っていなくて入手困難な欲しい書籍がヒットした。思わず「出たぞ。やったー。」と思い、直ぐに購入手続きをしたのだが、今日、その古書店からメールが来て「売り切れました。」との言。

 売り切れましたって・・・あなた。ネットに出たばかりでしょうに。直接来店した人が買ったのか、その書店の管理上のタイムラグがあって先に誰かに買われてしまったのか、ともかく残念。この店って、先日東京へ行った際に立ち寄った店なんだよなあ。その時も古書リストの中に買おうかなと思った本があって店員に聞いたら「店にはないようだから大宮の倉庫にあると思います。ちょっと取り寄せに時間がかかります。」と言っていたな。俺は東京人じゃないんだから、その日の内に帰るつーの。

 まあ何にせよ、ぬか喜びだった。

 神保町周辺の古書街で探し回るのは、気の短い俺には向いてないんだよなあ。多分、探してもなかなか見つからないだろうし。出版数が少ないから。

 また、ネット上に登場する事を期待するかな。10年くらいのスパンで。
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by f-liberal | 2004-09-06 18:25 |
『袴田事件』(山本徹美著) 新風舎文庫
 表題の文庫が出版されている。10年程前に出版されたハードカバーの文庫化。最新の情報が若干増補されているらしい。袴田事件について知りたい方は是非ご覧下さい。税込み890円。詳細は以下のページで。

http://www.hakamada.net
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by f-liberal | 2004-09-06 18:25 |
『獄中ノート』(免田栄著)
 獄中ノート-私の見送った死刑囚たち-
 インパクト出版会 1995円(税込)


 8月26日付毎日新聞の複写でこの本の紹介を見た。免田栄さんは濡れ衣を着せられ死刑判決を受け数十年間もの長きに渡り死刑執行の恐怖に晒されながらも、再審によって無実となった初めての人。

 その後、3つの死刑事件が再審無罪となったが、それ以後、再び司法は反動化し、死刑事件の再審は開かずの扉となっている。

 ご本人曰く「私ももうじき80です。(いつ死ぬか分からないから)まだ書き記していないことを書き残しておこうと思って。」という旨の事をおっしゃっていました。
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by f-liberal | 2004-09-06 18:22 |